本文へ移動

新人BLOG

高橋和巳について

2025-11-21

こんにちは、りんちゃんです!


先日、家の近くの書店で文芸コーナーを眺めていたときのことです。
何冊もの新刊や復刊書が並ぶ棚の中に、ふと見覚えのある背表紙が目に留まりました。
高橋和巳の『邪宗門』。
大学時代に卒業論文で彼を取り上げて以来、久しく触れていなかった名前でした。


高橋和巳(1931–1971)は、日本の昭和時代の作家であり、中国文学の研究者でもありました。
京都大学で教鞭をとりながら、知識人として常に自分自身の葛藤と真剣に向き合った人物です。

彼の作品に共通しているテーマは、「知識人の苦悩」だと私はとらえています。
『悲の器』では大学法学部の教授に見られる道徳的な欠落が、
『わが心は石にあらず』では労働者階層から知識人へと“成り上がった”人物の葛藤が描かれています。
どちらの主人公にも、作者自身の影が濃く落とされており、
知識人の内面世界と社会における立場、そのはざまで揺れる心が語られています。

さまざまな苦悩の末に、高橋はわずか39歳という若さでこの世を去りました。


 
卒論のBGM

卒業論文を書いていたころ、私はよくブラームスの《ピアノ三重奏曲第1番》と《ピアノ四重奏曲第3番》を聴いていました。
どちらも私にとって特別な作品で、ブラームス特有の内向的な感情――迷い、葛藤、自省の深さ――が印象的です。
考えてみれば、その感覚は高橋和巳の文学とも響き合っていました。

彼の小説もまた、知識人の内面世界と外界との衝突、そしてそこから生まれる矛盾や苦悩を描いています。
音楽が音として、文学が言葉として――異なる形でありながら、
その根底に流れているのは、人間の心の奥にある「生とは何か」という問いなのだと思います。


ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。
TOPへ戻る