
今年のシルバーウィークは、ちょっと特別!
皆さんこんにちは、まるです!
10月になり今年一年を振り返り始めるころではないでしょうか?皆さん、直近の大型連休でシルバーウィークがあったと思いますがゆっくり休めましたか?
お出かけを楽しんでいる方もいれば、家でゆっくり過ごしている方もいると思います。
今回は、そんなシルバーウィークのちょっとした豆知識と祝日について書いてみたいと思います!
今年のシルバーウィークは、土日がお休みの方であれば、9月19日(土)から23日(水)までの5連休です。
実は、シルバーウィークがこのような5連休になるのは、2015年以来、11年ぶりなのだそうです!
「シルバーウィーク」という名前には聞き覚えがあっても、11年ぶりと聞くと、急に特別な連休に感じられますね。
では、どうして今年は5連休になるのでしょうか?
今年は9月21日が「敬老の日」、23日が「秋分の日」です。そして、その間にある22日も、前後を祝日に挟まれているため休日になります。ここに土曜日と日曜日がつながることで、5連休になるという仕組みです。
22日には、ほかの日のような祝日の名前が付いていないのに、お休みになる。カレンダーを眺めるだけでは見落としてしまいそうですが、連休をつなぐ大事な一日なんですね。
毎年同じようにやってくる連休ではないと知ると、「せっかくだから何かしたい!」という気持ちにもなりますね!
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棒高跳びの2大スター
今回は先日チューリッヒで行われた、陸上競技の世界最高峰のシリーズ戦であるダイヤモンドリーグで、大会を大きく賑わせた棒高跳びの選手について書いていきたいと思います。
この選手は2021年以降、五輪や世界選手権など、主要な大会をほぼすべて優勝しており、棒高跳び競技の歴史において、間違いなく史上最高と言われる選手です。
約1年前の東京で開催された世界陸上での、3回目の試技で6m30cmを跳び、世界記録を更新した瞬間は、生で見ていた方も多いのではないでしょうか。
デュプランティスはこれまでに世界記録を、6m17cmから6m31cmと、1cm刻みで15回更新しており、その度に大きなスポンサー報酬を獲得してきました。
まさに、最強の選手だからこそ可能な、唯一無二の稼ぎ方ですよね!
世界新記録の話題はどんな刻みでも感動なので、1視聴者の僕にとってはたくさん楽しめてありがたいです!
ギリシャ出身のエマヌイル・カラリス選手(以下、カラリス)は、今大会自己ベストの6m20cmを成功し、歴代2位の記録をさらに更新しました。
彼とデュプランティスと同い年ながら、カラリスは前回の五輪で記録した自己ベストの5m93cmから、なんと2年ほどで一気に世界トップクラスへ駆け上がったことになります。
これによりデュプランティスの一強の雰囲気が変わってきており、より一層競技として面白くなってきた気がします!
2人は少年時代からのライバル関係であり、試合中にはお互いの跳躍を確認しながら、次の試技に向けた修正について話し合う姿もよく見られます。
お互いが刺激しあい、さらなる記録更新につながることに期待です。
記事を書くにあたり実際の試合の動画を見ていて感じたのは、陸上の跳躍種目のなかで技術的に最も難しいであろう棒高跳びで、少しのタイミングのずれで大失敗につながりそうに思えるのですが、トップクラスの選手たちは大きな失敗もなく、それどころか試技を重ねるごとに細かな修正をしながら記録を伸ばしていくことに驚きました。
5m前後のポールを持って40m以上を助走し、トップスピードのままポールをボックスに突き込み、その反発を利用して身体を上に引き上げる動きは、一般人の僕からするとすべての陸上競技のなかでも最も習得のイメージが湧かない競技のように思えます。本気でやって、2mぐらいが限界な気がします笑、棒高跳びの選手たちがどのようなトレーニングをしているのかも気になるところです。
また、各々の選手が走力や身体を引き上げる筋力など、自身の得意な要素を活かしたフォームで新記録を目指す競技性が面白く、自分の特徴を生かしつつ総合力を高めていく姿勢は、レベルは遥かに違いますが、僕自身の仕事や日常生活においても参考にすべきものだと感じました。
今回はここまでになります、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
帰ってきます!
『ディアルガVSパルキアVSダークライ』
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先祖はいつもそこにいる、お墓参りをしてもしなくても
しかし、その信仰も、昔とは違う暮らしのリズムに向き合わなければならなくなっている。最近日本では、お墓の掃除を代行してくれるサービスや、オンライン参拝サービスまであると聞いた。花を供え、線香をあげ、その様子を動画に撮って家族に送ってくれるという。私自身も今年、同じような状況にある。自分の手でお墓参りをすることができないのだ。
そうしたサービスを初めて聞いたとき、少し不思議に感じた。どこか機械的な印象さえあった。でも、もし誰かがあまりに遠くにいて、忙しすぎて、あるいは頼める人が誰もいなかったら、お墓を荒れたままにしておくことと、誰かに世話を頼むこと、どちらがより悪いことなのだろうか。何が正しくて何が間違っているのか、私には分からない。おそらくそれは、これからもずっと問いのままで、それぞれが自分なりの答えを探していくものなのだろう。
ただ、まだとても小さかった頃の記憶が一つある。この話を考えるたびに、自然と思い出される記憶だ。
あの頃、私はよく父についてお墓参りに行った。自分の家のお墓を掃除し終えると、父はついでに、近くの誰も世話をしていないお墓も少し掃除していた。そのとき私は思っていた。あの人たちの子孫は本当にひどい、なぜ自分で掃除しないのだろうと。
今、私は大人になり、仕事をし、家を離れて暮らしている。様々な制約を抱えた一人の大人としての立場に立ってみて初めて、幼い頃の自分の考えがどれほど単純だったかを知った。誰もが帰れるわけではない。誰もが選べるわけではない。私はあの子孫たちに対しても、そして自分自身に対しても、より深く理解できるようになった。私の家のお墓の手入れは、今もまだ父がしてくれている。私はまだ、その責任の外に立っていられる幸運な立場にいる。でも、いつか自分の番が来ることは分かっている。そのときが来たら、どんな状況にあっても、自分にできる形で先祖を思い続けられたらと願っている。
















